初めまして

ブログ主のあらいと申します。
この度はこのブログへの訪問、
本当にありがとうございます!
私は今、奨学金という多額の借金を返済中です。
そしてそんな私は、
「やりたいことをやりたいときにできる人生」
を目指して、家計管理や資産形成、お金の勉強に取り組んでいます。
私の中では少し解釈は違うのですが、「FIRE」と言えば分かりやすいかもしれません。

借金あるのに無理じゃない?

FIREとか、借金返してから言ったら?笑
そんな声が聞こえてきそうですが。
貧困でも、家庭環境が悪くても、育ちが悪くても。
18歳から膨大な借金があっても。
第二の人生、新しい家族と自分のために。
不自由なく、たくさんの選択肢の中で生きていたい。
今はまだ少ない選択肢の中だけど。
「やりたいことを楽しみながらやる」
これを一番に、ブログに記していこうと思います。
どうぞよろしくお願いします!
自己紹介

まずは私について知っていただけたら。

あらい
・年齢:28歳
・職業:看護師・助産師
・性格:飽き性、おおざっぱ
・趣味:読書、山登り、ゲーム、動画鑑賞
奨学金について
専門学生の3年間に日本学生支援機構の奨学金を借りました。
| 種類 | 月額 | 合計 |
|---|---|---|
| 第1種 | 6万 | 216万円 |
| 第2種 | 10万(入学時50万円) | 410万円 |
合わせて626万
えっと、私も今正確に向き合いましたがダメージ強いです😇
利子もあるので返済総額はいったいいくらになるのでしょう😇
目標
「やりたい事をやりたい時にできる」という選択肢があるのが理想です。
FIREを目指すというよりは、FI(経済的自由)を目指しています。
その時に仕事をしたいと思えばしていたい。
資産的には、5年後に純資産500万が目標!
(今はようやく±0で、スタートラインに立てました)
私の生い立ち
ここからは少し私の生い立ちについての話を。
俗に言う、育ちが悪い、家庭環境が悪い部類だと思います。
正直、重い内容でして。
私がこのブログを始めるにあたって整理しておきたいと思って書いてます。
さらっと流してもらえれば。
幼少期の母の教え
私が看護職を目指したのは、
「手に職をつけて、女ひとりでも生きていけるように」という現実的な理由から。
働かない父、父からの暴力、そして母のうつ病。
2年半ほどですが、
きょうだい4人(長男発達障害あり)
児童相談所・児童養護施設で過ごした経験もあります。
働きもしない、家事育児しない父の代わりに、
母は必死に働いて生活費を稼いで
その合間で家事をしてくれていました。
親から何かを教育として教えてもらった記憶はありません。
唯一母からの教えとしてあげるなら、

父親のような男とは結婚するな
でした。
貧困って連鎖するんですよね。
私の両親も共に貧しい家庭で育ち、教育格差もあったと思います。
母も被害者で、抜け出せない地獄だったでしょう。
児童養護施設での暮らし
児童養護施設って知っていますか?
保護者のいない児童や虐待されている児童など、家庭での養育が困難な子どもたちが生活し、自立を支援するための施設
他の子はわからないけれど、
正直、私の場合は
「慣れちゃいばなんとなく寂しさはあるけど、それを上回るくらい楽しかった」
という記憶です。
- 家では絶対にやらないような大きなイベントがいっぱいあった
- ピアノの習い事ができた
- グループの女子達で恋愛話
- 下校しても絶対誰かがいて、みんなで楽しく宿題
- みんなで大画面でアニメや映画鑑賞
- 年上のお姉さんに甘えられる
私は、暴力や怒号のない生活で
イベント等色々な経験もできたのでよかったと今でも思います。
みんな様々な事情で
養護施設で生活していると思うので、
かなりの配慮は必要だと思います。
色々個人的な気持ちを話しましたが。
お金のない世界
実は、養護施設内にはお金がないんですよね。
- 食事は時間通り出てくる
- 洋服はフリーマーケット?みたいなのが施設内に来てそこから選ぶ
- 個人でお金は持たない
- たまにお出かけはあるけどお金を払うのは施設の人
- 文房具とか消耗品はどうだったのかな?
- 携帯は高校生から、確かアルバイトしてる人だけ
- お小遣いがなかった(施設による?年齢による?)
当時小学生1~2年生だったので
お金を持てなかったのかもしれませんが、年上のお兄さん・お姉さんも、お金を持ってる様子はありませんでした。
ゲーム機や遊戯王などのカードゲームは個人で持っている子がいましたが、あれはどこで買ったのかいまだに謎です。
実は親との面会終了後、施設に内緒でお金を持ち込んだことがありました。
学校の帰りに駄菓子屋に寄り道して、
大量のお菓子を買いみんなで食べるという。
それが私の唯一のお金に関する記憶です。
年齢や施設にもよりますが、
施設の子はお金に触れるのが遅く
社会に出たときに、それだけで周りとの差が出てきてしまうと思います。
お金が身近にないと、テレビでお金の話を見ても正直全く入ってこないんですよね。
人生をかけた借金
そんなこんなで、自宅に戻り高校生まで親元で暮らします。
自宅での生活は普通ではなかったでしょう。
父親の恐怖からカッターを持って過ごしているときもありましたね。
幼少期から、

こんな生活はこりごりだ!
父親の機嫌関係なく自由に暮らしたい
そうは思っても、母もお金はありません。
多少の父の稼ぎも当てにしていたのでしょう。
離婚はせず。
子供ながらお金持ちになりたいと思っても、
「お金を稼ぐ方法
=お金持ちと結婚する」
母の教えから結びついていました。
絶対に実家から通いたくはなかったので、上京することに。
母が設定した奨学金で家賃も生活費もまかなって、看護専門学校へ入学。

今思うと、他に選択肢はたくさんあったと思います
でも無知な私は選ぶこともできません。
貧困思考全盛期
今思うと貧困思考が一番体現されていた時期でした。
金融リテラシーのかけらもない育ちの悪い田舎の小娘に毎月16万円のお金が入ってきても
それを上手に使うす術はないわけです。
バイト代月6~8万円の給与もあり、
毎月の収入は22~24万円。
欲しいものは買い、好きなアニメの原作やグッズまで買い…と、かなりの浪費癖がつきました。
それでも家計簿は一応つけて特に食費に気を付けて生活していたので
貯金はできないけど赤字になることはなく。
若い時しかできない趣味も楽しみつつ
“父の機嫌を感じる必要のない”
東京の生活は、当時の私にとって自由で楽しいものでした。
国家資格を取り
無事に看護師・助産師として病院で働き始めます。
最初の手取りは22~25万円。
毎月の奨学金返済2万6千円に
母が借りてた学費用の教育ローン分の仕送り3万円。
職場の(Gがでる)オンボロ寮に住んでいたので、毎月の固定費が多くてもやっていけました。
コロナの影響もあり、目標を達成するために転職。
収入も(夜勤回数による)25〜30万へ。
仕事の忙しさで好きだったアニメも見なくなり、趣味でお金を使うことはなくなりました。
「やばい、明日生活するお金がない」
ということは別にありません。
それでも
- 寮をでたことによる家賃負担の増加
- 脱毛や美容グッズなどの過度な消費
- 家族や恋人への過度なおごりやプレゼント

家計簿つけてるし、ボーナスもあるし、お金は勝手に溜まるだろう
自分が歩いてきた間違った選択が、後の自分を追い詰めていきます。
燃え尽き症候群
転職して1~2年、
無事に助産師としての目標も達成できたことで燃え尽きるように気力も何もなくなっていきます。
- 自分のミス一つで命に関わる仕事
- 毎日変わる業務内容
- 夜勤ありの不規則な生活
- 体力勝負
- いくら頑張っても変わらない給料
帰宅しても1日の振り返りと勉強で趣味を失い、
当時3年半ほどお付き合いしていた彼氏とも価値観の不一致で別れ、コロナ化で外出もせず、
職場と自宅を行き来するだけの日々。
もっとつらい人もいると思ってがむしゃらに働いていました。
おそらく当時書いたであろう、遺書も出てきました。
奨学金返済もあり、将来の不安からメンタル的につらくても休職の選択肢はとれず。

はあ、今日も疲れた…
こんな毎日を過ごしながら働き続けるのか…
自分がやってきたことのせいで、
今の自分に選択肢がないことに気づき
絶望したのを覚えています。
過去を振り返る転機
当時の私の生活は、ほぼ記憶に残らないくらい空白の期間でした。
死ぬのが怖いから生きていたんでしょう。
そんな私にも転機が!
夫とのお付き合い~結婚
ほぼ寝たきりでも、マッチングアプリの返信くらいはできました笑
私のお酒の失敗からお付き合いをスタート。
とんとん拍子で同棲・プロポーズ・結婚に至ります。
夫には自分の生い立ちからすべて話し、

そんな人もいるよね
と、そのままの私を選んでくれました。
波長・価値観・雰囲気が私と合い、その上高学歴で顔の良い夫なんて逃す手はありません。
そんな夫と、ごく普通の家庭を作りたい。
私たちは当たり前にマイホームや車、子供を夢見ていきます。
マンションギャラリー
ある意味、自分やお金を振り返る原点はここだったのかも。
近所に新築マンションができるらしくふらっと見に行ってみたんです。
買うつもりはなくて、ただ都会の分譲マンションがどんなもんだか見てみたくて。
そしたらびっくり、最新設備に綺麗な間取り、欲しくなっちゃったんですよね。
フル・ペアローンで月々の支払いの見積もりも出されて、案外買えちゃう??と思うほど。

え、欲しいかも。どーする?

いやいや、ただ見に来ただけでしょ?
営業のおばさん、めっちゃ上手でした。
危うく無計画に買いそうになる私を冷静な夫はちゃんと引き留めてくれました。
夫はそこから分譲マンションについてかなり詳しく調べてくれたものの。
そこから2件ほどマンションギャラリーに行っては

やっぱ初期費用もないから無理だな…
と現実を見ることに。
とりあえず、「5年で500万貯める」ということにしてマイホーム探しはフェードアウト。
夢のマイホーム、あまりにも欲しくて実はアメブロで少しブログ書いていた時もありました。
探していた価格帯は6000万~7000万、3LDK(2024年当時)。
都会は本当に高い!
そもそも奨学金の負債持ちがフルローンでペアローンだなんて非現実的。
世帯年収1000万円超えていても無理があります。
危うく営業の罠にはまるところでした…汗
FP相談でさらなる絶望へ
マイホーム探しでよく登場したFPさん。
私も不安だったので無料相談してもらいました。
奨学金返済のことも聞きたくて、不動産屋のFPじゃなく、自分で調べたFPさんに相談しました。
そしたら、

教育費は子供1人で最低でも1000万円はかかりますね!
開いた口がふさがりません。
ちなみに、子供3人、車あり、6000万円のマイホーム購入の条件で、5年で家計は破綻してました汗

奨学金をもつ私は願っちゃいけないことだったのかな。
これから生まれてくる子供達にも、自由な選択肢を与えられないのでは。
貧困は連鎖する。
それは思考も連鎖するから。
母と私が典型例。
私のせいで家族が不幸になる。
それだけは絶対嫌だ。
自分が経験した辛い家庭環境やお金の不自由さを、家族には絶対経験させない。
そう決意してお金の勉強を始めます。
お金の勉強をすることで変わったこと
無気力で休みの日はベッドに横になり、いつのまにか夜を迎える。
集中力がなくなり、何をやるにしても疲れる。
一日中他人のSNSを見ては

いいなあ
楽しそうだなあ
お金あるんだろうな
私はなんでこうなんだろう
とぼやいていました。
私には本を読む習慣も勉強する習慣もありません。

うつ病では?
そんなことも言われました。
そんな私が、お金の勉強を始めて「FIRE」という夢のような言葉に出会います。
いつしか夢だけじゃなく目指していました。
お金にまつわる本や
自己啓発本を読むようになり
細かい家計管理や資産管理、簿記勉強までするようになりました。
私自身が1番びっくりしています。
過去の自分に中指立ててた私が。
死にたいと思って遺書を書いていた私が。
「やりたいことをやりたいときにできる人生」
を目指してこのブログを書いている。
このブログで発信してくこと
お金で99%の悩みは解決できる
お金は何かをする手段
お金は選択肢を増やしてくれる
お金の勉強を始めたときに最初に読んだ本に書いてありました。
私は、資産を増やしてお金持ちになりたいのではなく、
「やりたいことをやりたいときにできる、自由な選択肢が欲しい」
と思っています。
このブログは
「お金」を大きな軸として、
- 私の生活に関わってくる日常のこと
- 私のやりたいこと、今やっていること
- 資格勉強のレビュー
- 株式投資の実績
- 資産状況
- 登山記録
- 趣味ログ
などの項目で、私の人生を書いていきます。
- 奨学金などの借金がある方
- 貯金がなくて将来に漠然とした不安がある方
- 貧困家庭出身
- 家庭環境が複雑
- 子供の頃からお金のことを勉強できなかった方
- 少しずつ資産形成をしたい方
- 資格試験勉強について知りたい方
- 自分の過去を責めて生きている方
上記の方に向けても
少しでも勇気や力になれる情報を私なりに発信していけたらと思います。
おわりに

ここまで読んでいただいて本当にありがとうございます
今はまだ奨学金の返済がたくさん残っているし、資産が急激に増えることもない。
でもこの過程さえも楽しく生きていけたら。
家庭環境が複雑でも、人生はやり直せる。
お金の不安があっても、
「やりたいことをやりたいときにできる人生」という大きすぎる目標に向かって生きることができる。
自分の経験とたくさんの思いをつめて、コツコツ書いていきます。
私と一緒に、
楽しく、でも確実に、
選択肢の多い人生を目指して
歩んでいきませんか。



コメントを残す コメントをキャンセル